最終更新日:2024/10/01
本記事では、米国における生成AIの採用状況に関する初の全国調査の結果を紹介します。2024年8月時点での生成AIの使用状況を明らかにしています。
本調査は国際的に有名な経済政策研究機関CEPR (Centre for Economic Policy Research)やハーバード大学の公政策大学院の研究者らが行いました。
調査結果には、年齢、教育レベル、職業別の生成AI使用状況や、仕事内外での使用頻度などが含まれており、生成AIが様々な分野で幅広く採用されている実態を明らかにしています。
参照論文情報
- タイトル:The Rapid Adoption of Generative AI
- 著者:Alexander Bick, Adam Blandin, David J. Deming
- 研究機関:Federal Reserve Bank of St. Louis, CEPR, Vanderbilt University, Harvard Kennedy School, NBER
背景
生成AIは、近年急速に発展してきた新しい技術です。これまでの調査によると、生成AIが労働者の生産性を向上させる可能性が示されています。一方で、AIが複雑な仕事をどれほど代替できるかによって、仕事への影響は変わってくるだろうとも議論されています。
また、生成AIが経済全体にどのような影響を与えるかは、この技術がどれだけ速く、どの程度広く採用されるかに大きく左右されます。ところが、生成AIが職場や家庭でどの程度使われているのか、誰が使っているのか、どのように使われているのかについての体系的な調査はほとんど行われてきませんでした。
そこで今回研究者らは、アメリカで初めて全国規模の調査を行い、職場と家庭における生成AIの利用状況を調査しました。その目的は、生成AIの普及速度と強度を測定することです。また、生成AIがどのような職種や仕事で使われているのかを明らかにすることで、この技術が本当に「汎用技術」と呼べるものなのかを検証しています。
以下でその調査方法や調査結果を紹介します。
データソースと測定方法
リアルタイム人口調査(RPS)
本研究で採用された調査方法は「リアルタイム人口調査(RPS)」です。18歳から64歳のアメリカ成人を対象とした全国的な労働市場調査方法で、大手の商業調査会社であるQualtrics社によってオンラインで実施されています。2020年から開始され、毎年複数回の調査が行われています。
なおRPSは、現行人口調査(CPS)と呼ばれる国勢調査局と労働統計局が共同で実施する標準的な調査と、以下の点で類似するように設計されています。
- 人口統計や労働市場に関する質問が、同じ言葉遣いで行われる
- 労働市場の状況を正確に把握するために、同様の複雑な質問順序が採用される
一方で、RPSにはCPSには含まれていない新しい質問も含まれています。
- 企業間の従業員の異動傾向
- 在宅勤務の状況
- 州をまたぐ移住の傾向
- インフレーションと求職活動の関係
そして2024年6月と8月のRPSには、職場と家庭における生成AIの利用を測定するための質問が新たに追加されました。
サンプルについて
RPSのサンプルは、以下の属性において米国の代表的な人々をカバーするように設計されています。
- 性別
- 年齢
- 人種・民族
- 教育レベル
- 婚姻状況
- 世帯内の子供の数
- 居住地域(国勢調査地域)
- 過去12ヶ月間の世帯収入
2024年8月の調査について
今回分析対象となった2024年8月の調査では、5,014件の回答が得られています。このうち、以下の回答者が分析から除外されました。
- 軍人として報告した33名
- 雇用されていると回答しながら、主婦、退職者、失業者として職業を報告した9名
生成AIの利用に関する調査方法
生成AIに関する質問は、まず生成AIの定義から始まります。
「生成AIは、プロンプトに応じてテキスト、画像、音声、または動画を作成する人工知能の一種です。ChatGPT、Gemini、Midjourneyなどが生成AIの例として挙げられます。」
この定義の理由は以下の通りです。
- 生成AIが比較的新しい技術であるため、概念の定義と具体例の両方を提供することが重要だと考えられた
- 「大規模言語モデル」などの特定の手法には触れず、幅広い手法を含む定義にした
- 一方で、一般の人々にとってはプロダクト名の方が馴染みがある可能性を考慮し、人気のある生成AIプロダクトの例も挙げた
定義の後、回答者にこの概念を調査以前に聞いたことがあるかどうかを尋ねます。「いいえ」と答えた回答者はモジュールの残りの部分をスキップし、「はい」と答えた回答者は次の質問に進みます。
職場での生成AI利用
雇用されている回答者に対しては、次に職場での生成AI利用について尋ねます。
「あなたは仕事で生成AIを使用していますか?(いいえ/はい)」
この質問は、CPSのコンピューター・インターネット利用調査補足票の類似の質問を参考にされました。「いいえ」と答えた回答者は、仕事に関連する生成AIの質問の残りをスキップします。「はい」と答えた回答者には、以下の2つのカテゴリーに関する追加質問が行われます:
- 生成AI利用の頻度
「先週何日使用しましたか?」「使用した日には1日平均どのくらいの時間使用しましたか?」
2. 具体的な利用内容
「どの製品を使用しましたか?」「どのタスクで生成AIが役立ちましたか?」といった、生成AIの利用とメリットに関するより広めの質問。
仕事以外での生成AI利用
最後に、仕事以外での生成AI利用について尋ねます。
「あなたは仕事以外で生成AIを使用していますか?(いいえ/はい)」
「いいえ」と答えた回答者には、生成AIに関する質問を終了します。「はい」と答えた回答者には、仕事での利用と同様の追加質問が行われます。つまり、「先週何日使用しましたか?」「使用した日には1日平均どのくらいの時間使用しましたか?」「どの製品を使用しましたか?」「どのタスクで生成AIが役立ちましたか?」といった内容です。
調査結果
生成AI利用の全体像
下の各グラフは、労働年齢の成人におけるAI使用の割合(仕事用、仕事外、全体)をまとめたものです。
また、下のグラフは、性別、年齢、教育、専攻別の仕事でのAI使用の人口統計学的差異を示すものです。
2024年8月のRPS調査結果によると、18歳から64歳のアメリカ人の39.4%が生成AIを利用していることが明らかになりました。このうち約32%が調査前の週に少なくとも1回利用し、10.6%は毎日利用していました。
職場での利用に絞ると、雇用されている回答者の約28%が生成AIを活用していました。そのうち大多数(24.1%)が先週少なくとも1回利用し、10.9%は毎日利用していたことがわかりました。
仕事以外での利用も広がっており、32.7%が生活の中で生成AIを取り入れていました。25.9%が先週少なくとも1回利用し、6.4%は毎日利用していました。
生成AI製品の中では、ChatGPTが最も多く利用されており(28.5%)、次いでGoogle Gemini(16.3%)が人気を集めていました。
属性による利用の違い
生成AIの利用には、様々な属性によって違いが見られました。職場での利用を見ると、男性(32%)の方が女性(23%)よりも利用率が高いことがわかりました。年齢による差も顕著で、40歳未満の労働者の約34%が利用しているのに対し、50歳以上では17%にとどまりました。
教育レベルも大きな影響を与えており、学士号以上の労働者の約40%が生成AIを活用している一方、大学卒業未満の労働者では約20%でした。大学専攻別では、STEM専攻の卒業生が最も高い利用率(46%)を示し、ビジネス・経済・コミュニケーション専攻(40%)がそれに続きました。その他の専攻(文系含む)では22%でした。
仕事以外での利用についても同様の傾向が見られましたが、差はやや小さくなりました。
生成AIとPCおよびインターネットの普及速度の比較
下の図は、生成AI、PC、インターネットの採用速度を比較するためのグラフです。
生成AIの普及速度は、過去の革新的技術であるPCやインターネットよりも速いペースで進んでいることが明らかになりました。生成AIの普及率は、大規模な市場投入からわずか2年後で39.5%に達しています。これに対し、PCは3年後で20%、インターネットは2年後で20%の普及率でした。
この差は主に仕事以外での利用の違いによるものと考えられます。生成AIの方が携帯性に優れ、コストも低いことが影響していると推測されます。一方、職場での利用に限ると、生成AIとPCの普及率はほぼ同じでした。
教育レベルや収入による普及の差は、生成AIとPCで似たような傾向が見られました。しかし、性別による差には興味深い違いがありました。生成AIでは男性の方が女性よりも利用率が高いのに対し、1984年時点でのPC利用では女性の方が男性よりも利用率が高かったのです。
職種や業務による生成AI利用の違い
下記は、職業グループ別の仕事でのAI使用((a))、産業グループ別の仕事でのAI使用((b))をまとめたグラフです。
生成AIの利用は、様々な職種や業務で広がっていることが明らかになりました。職種別では、コンピューター/数学関連職と管理職が最も高い利用率(約49%)を示しました。ビジネス・金融職(42%)、教育職(38%)も高い利用率を記録しています。
注目すべきは、個人サービス業を除く全ての主要職種グループで、少なくとも20%が利用していることです。さらに、「ブルーカラー」職の22%が職場で生成AIを活用していることも判明しました。
産業別に見ると、金融・保険・不動産業が最も高い利用率(51%)を示し、レジャー・宿泊業が最も低い(15%)という結果になりました。
なお、業務別の利用を見ると、職場では文章作成、管理業務、テキストやデータの解釈/翻訳/要約が上位を占めました。仕事以外では、文章作成、解釈/翻訳/要約、個人的な支援が主な利用目的となっています。それぞれ下のグラフ(a)(b)でまとめられています。
生成AIが労働生産性に与える可能性のある影響
調査結果から、全労働時間の0.5〜3.5%が生成AIの恩恵を受けている(支援を得られている)と推定されました。
また先行研究では、生成AIがタスクの生産性を約25%(中央値)向上させるという結果が得られています。これらの数字を組み合わせると、現在の利用レベルで生成AIは労働生産性を0.125〜0.875パーセントポイント向上させる可能性があると推測されます。つまり、生成AIの導入により、全体の労働生産性が0.125%から0.875%上昇する可能性があるということです。
(もし生成AIが支援している時間(0.5〜3.5%)すべてで25%の生産性向上が実現されれば、という仮定に基づいた計算)
ただし、慎重に解釈する必要があります。現在先行している労働者と企業は、おそらく最も生産性の高い用途で生成AIを先に使用しているため、利用が拡大するにつれて相対的なメリットは減っていく可能性があります。つまり、皆が一様に生成AIを使いこなす場合、生成AIに関する格差はなくなるという意味です。技術が向上するに従って、より広く適用できるようになる可能性もあります。
まとめ
本記事では、米国における生成AIの採用状況に関する初の全国調査の結果を紹介しました。
この研究は、生成AIの経済への影響が、その採用の速度と強度に大きく依存することを示しています。
調査結果によると、2024年8月時点で18-64歳の米国人口の39.4%が生成AIを使用しており、28.0%が仕事で使用、約9人に1人が毎日仕事で使用していることがわかりました。生成AIの採用速度はパソコンやインターネットよりも速く、幅広い職業や業務で使用されています。
研究者らは、現在のAI使用レベルで労働生産性が0.125〜0.875ポイント上昇する可能性があると推計していますが、この計算は多くの仮定に基づいているため、慎重に扱う必要があります。
今後は、技術の成熟に伴うAI採用の追跡や、労働者、企業、職業全体への広がりを監視することが重要となるでしょう。
- 参照論文URL:https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4964384
- ブログ記事:https://www.stlouisfed.org/on-the-economy/2024/sep/rapid-adoption-generative-ai
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