本記事では、Web3とエージェントの融合を目指す新しいフレームワークを紹介します。
Web3の世界では暗号資産取引やNFT、DeFiなど複雑な操作が必要とされ、個人投資家の効率的な資産管理は大きな課題となっています。
研究者らは、LLMを活用したエージェントシステムでこの課題を解決すべく、Web3に特化したオペレーティングシステムの開発に取り組みました。

発表者情報
- 研究者:Shaw Walters et al.
- 研究機関:MITなど
背景
Web3は、ブロックチェーン技術を活用した分散型のインターネットの新しい形として注目されています。暗号資産の取引やデジタルアート(NFT)の売買、さらには分散型金融(DeFi)サービスなど、従来の中央集権的なシステムに依存しない新しい経済圏が形成されつつあります。
しかし、Web3の世界では複雑な操作が求められます。例えば、投資家は複数のブロックチェーン上で資産を管理し、様々な取引所で取引を行い、市場動向や重要な情報をリアルタイムで追跡する必要があります。個人投資家にとって、これらすべてを効率的に管理することは大きな課題となっています。
そんな中、LLMを中核に据えたエージェントシステムは、人間の指示に基づいて自律的に作業を実行できる存在として進化を遂げています。RAG(検索拡張生成)やテキストから様々なファイルを生成する技術など、多様なプラグインと組み合わさることで、エージェントの活用範囲は着実に広がっています。Web3の世界でも活躍が期待されます。
しかしLLMエージェントをWeb3の世界で活用しようとすると、大きな壁に直面します。既存のフレームワークでは、ブロックチェーンデータの読み書きやスマートコントラクトとの対話など、Web3特有の機能を簡単に実装することができません。
そこで今回研究者らはWeb3に特化したエージェントオペレーティングシステムの開発に取り組みました。一般的なプログラミング言語であるTypeScriptをベースに、Web3アプリケーションの開発や運用をより簡単にすることを目指しています。
設計思想
今回設計されたOS『Eliza』はWeb3に特化したマルチエージェントシステムとしてTypeScriptを用いて設計されています。
複数のプラットフォームを横断して相互作用できる機能を備え、すでに多くのプロジェクトが開発されています。
https://github.com/ai16z/eliza

基本となる3つの原則
研究者らは、実際の使用シーンを想定し、Web3開発者のニーズとシステムの使いやすさのバランスを重視しました。
①Web3開発者を最優先に
JavaScriptやTypeScriptはWeb開発の主力言語として広く使われています。Elizaは、開発者が既存のWebアプリケーションにブロックチェーン機能を簡単に統合できるように設計されました。シンプルで一貫性のあるインターフェースを提供し、開発者が慣れ親しんだツールやフレームワークを活用できます。


②プラグイン式のモジュール設計
Elizaのコア部分はRuntimeと呼ばれる実行環境と、4つの主要コンポーネントに分かれています。
- Adapter:データの取り扱いを担当
- Character:エージェントの性格や振る舞いを定義
- Client:メッセージのやり取りを管理
- Plugin:汎用的な機能を提供
開発者は必要なプラグインやクライアント、キャラクター、アダプターを自由に追加できます。コアのRuntime部分を気にすることなく、拡張機能の開発に集中することができます。
③シンプルさを重視
開発リソースが限られている中で、内部実装をシンプルに保つことで、新機能の実装や新しい状況への適応、さらにはLLMやWeb3分野の急速な進歩に追随するための時間を確保しています。複雑で完璧なシステムを目指すのではなく、シンプルでも実用的なソリューションを提供することを優先しています。
以上が本システムの設計思想として説明されています。
ElizaOSの概要
汎用的なフレームワークは、多くの分野で応用可能な一方で、抽象度が高すぎるため、特定の開発現場においてそのまま活用することが難しい場合があります。このような課題は、急速に進化を続けるLLMやWeb3の分野で特に顕著です。
例えばWeb3の世界では、トークンの送金、スマートコントラクトの操作、市場動向の監視など、リアルタイムでの対応が求められる場面が多く、技術の進化が現場に即した対応力をますます必要としています。
さらに、暗号資産の価格や主要な投資家の動向、業界リーダーの発言といった情報を常にキャッチアップし続けることは、従来のルールベースのシステムでは限界がありました。
しかし、LLMベースのエージェントが登場したことで、これらの課題に対してより柔軟かつ高度な自動化を実現する道が開かれています。
コアコンセプトの実装
エージェント機能
各エージェントは独自のランタイム環境で動作し、Discord、Twitter等の異なるプラットフォームを横断して一貫した振る舞いと記憶を維持します。メッセージや記憶の処理、状態管理、アクションの実行、応答の評価といった基本機能が提供されます。例えば以下のようなコードで、最小限のランタイムを構築することができます。
const runtime = new AgentRuntime({
token: "auth_token",
modelProvider: ModelProviderName.ANTHROPIC,
character: characterConfig,
databaseAdapter: new DatabaseAdapter(),
conversationLength: 32,
serverUrl: "http://localhost:7998",
actions: customActions,
evaluators: customEvaluators,
providers: customProviders
})
キャラクター設定
エージェントのパーソナリティ、知識、振る舞いはJSONフォーマットのキャラクターファイルで定義されます。
- 基本的なアイデンティティ
- LLMの設定
- クライアントの機能
- 対話スタイル
などを設定できます。映画「アイアンマン」のJ.A.R.V.I.S.のような独自のエージェントを作成することが可能です。
プロバイダーの実装
プロバイダーは、エージェントに動的なコンテキストとリアルタイムデータを提供する重要なコンポーネントです。
- 時間情報を提供するTimeProvider
- 会話の事実を管理するFactsProvider
- エージェントの退屈度を計算するBoredomProvider
など、基本的なプロバイダーが用意されています。登録システムにより、1行のコードで新しいプロバイダーを追加することができます。
プラグイン機能
LLMとWeb3を組み合わせたエージェントシステムでは、多様な機能が求められます。Elizaでは、プラグインアーキテクチャが採用されています。
プラグインシステムにはさまざまな利点があります。まず、コンポーネントごとに明確な役割が決められているため、各機能を個別に開発しやすくなります。また、モジュール式の構造を採用しているため、メンテナンスが簡単になる点も大きな特徴です。
さらに、基本的な機能と拡張機能が分けられていることで、システム全体の安定性を保つことができます。プラグインはnpmパッケージとして配布できるため、開発コミュニティに共有しやすく、多くの人に利用してもらえます。加えて、TypeScriptでの型定義や実装例が提供されているため、これらを参考に学びやすく、知識を共有する機会も増えます。
開発者は、必要な機能を持つプラグインを選んで組み合わせることで、目的に合ったエージェントシステムを簡単に構築できます。基本的な画像生成のような機能から、複雑なブロックチェーン連携まで、幅広い用途に対応可能です。
①メディア生成プラグイン
一般的なLLMベースのエージェントシステムでは、テキストの生成や理解が基本機能として提供されます。Elizaではさらに、画像・動画・3Dモデルの生成機能や、NFTコレクションの生成機能が追加できます。例えば、入力されたプロンプトから画像を生成したり、生成された画像に説明文を付けたりすることが可能です。
②Web3統合プラグイン
暗号資産の取引所Coinbaseとの連携機能や、複数のブロックチェーンに対応した機能が用意されています。
- 高度な取引戦略の実装
- 大量の支払い処理
- トークン契約の管理
など、Web3特有の機能をプラグインとして実装できます。対応チェーンには、Ethereum、Solana、Aptos、Near、Suiなどが含まれます。
③インフラストラクチャプラグイン
基本的なサービス機能として、
- Webブラウジング
- 画像分析
- 文書処理
- 音声合成
- 音声認識
- 動画処理
などが提供されます。また、セキュリティを重視する処理のためにTEE(Trusted Execution Environment:信頼実行環境)プラグインも利用可能です。
意図認識システム
LLMとWeb3を組み合わせたシステムでは、ユーザーの意図を正確に理解することが重要です。暗号資産の取引やスマートコントラクトの操作など、ユーザーの意図を誤って解釈することは大きなリスクにつながる可能性があります。そのため、Elizaでは複数の層による検証と、文脈を考慮した慎重な意図理解が行われます。

階層的なアクション構造
意図認識の中核となるのは、階層的なアクション構造です。各意図には主要な識別子が設定され、関連する意味的な類似表現(シミル)がグループ化されています。例えば「トークンを交換する」という意図に対して、「スワップする」「トレードする」といった類似表現が紐付けられます。
コンテキスト認識の評価システム
ユーザーとの会話履歴や長期的な記憶を活用し、その時々の文脈に応じた意図理解を行います。ベクターベースの検索メカニズムを用いることで、過去の類似した状況や関連する知識を参照できます。
プラットフォーム最適化
異なるコミュニケーションチャネル(Discord、Twitter、Telegramなど)それぞれに最適化された対話管理が行われます。プラットフォームごとの特性を考慮しながら、一貫性のある意図認識を実現しています。
メモリシステムの活用
会話の履歴、知識ベース、関係性の追跡といった要素を含む高度なメモリシステムが実装されています。短期的な会話の流れと長期的な相互作用の履歴の両方を考慮しながら、ユーザーの意図を理解します。
ベンチマーク評価
ベンチマーク結果から、Elizaは汎用的なエージェントシステムとしての基本機能を備えながら、Web3特有の要件にも対応できる柔軟性を持っていることが示されています。ただし、高度なタスクにおける性能向上や、Web3機能のさらなる拡充など、改善の余地も残されています。
汎用AIエージェントとしての性能
研究チームは、GAIAと呼ばれる標準的なベンチマークを用いてElizaの基本性能を評価しました。GAIAは論理的思考、マルチモーダル処理、Web検索、ツール活用など、実世界の問題解決に必要な複数のスキルを測定します。
テストにおいて、Elizaは3つのエージェントと投票システムを組み合わせて評価されました。GPT-4やAutoGPT、GPTSwarmなど、既存の主要なシステムとの比較が行われ、中程度の性能を示しました。具体的には、Level 1(基本タスク)で32.21%、Level 2(中級タスク)で21.70%、Level 3(高度なタスク)で4.36%の成功率を達成し、平均スコアは19.42%となりました。

Web3特化型ベンチマーク
Web3向けのエージェントシステムはまだ発展途上の段階にあるため、研究チームは将来的なフレームワーク評価のための基準を確立しました。評価基準は以下の3段階で構成されています。
- 基本機能:暗号資産ウォレットの作成、トークンの送受信、スマートコントラクトとの対話など
- 中級機能:NFT生成、音声・テキスト変換、マルチエージェントシステムなど
- 上級機能:自律的な取引ボット、デジタルアバターの作成、APIを用いた推論など
現在のElizaは、基本機能から中級機能への移行段階にあります。研究チームは、今後数年以内にデジタル環境と物理環境の両方で自律的に行動できるLLMの実現を目指しています。

活用事例
Solanaプラグインの実装例
Elizaの実用性を示す具体例として、Solanaブロックチェーンとの連携機能が実装されています。トークンの管理、取引、信頼性スコアの評価など、Solana特有の機能がプラグインとして提供されます。
主要コンポーネント
トークンプロバイダー(TokenProvider)は、トークンに関連する操作を担当します。市場データの取得や購入金額の計算など、取引に必要な基本機能が実装されています。例えば以下のようなコードで、異なる確信度レベルに応じた購入金額を計算することができます。
async calculateBuyAmounts(): Promise<CalculatedBuyAmounts> {
const dexScreenerData = await this.fetchDexScreenerData();
const prices = await this.fetchPrices();
const solPrice = toBN(prices.solana.usd);
return {
none: 0,
low: lowBuyAmountSOL,
medium: mediumBuyAmountSOL,
high: highBuyAmountSOL,
};
}
ウォレットプロバイダー(WalletProvider)は、ウォレット関連の操作を管理します。ポートフォリオの価値計算などの機能が実装されており、以下のようなコードでポートフォリオ情報を取得できます。
async fetchPortfolioValue(runtime): Promise<WalletPortfolio> {
const portfolio = await this.getPortfolio(runtime);
return {
totalUsd: portfolio.totalUsd,
totalSol: portfolio.totalSol,
items: portfolio.items
};
}
信頼性スコアマネージャー(TrustScoreManager)は、トークンや推奨者の信頼性を評価します。パフォーマンスデータや推奨者の指標を基に、総合的な信頼性スコアを算出します。
実装の柔軟性
開発者は必要な機能を選択的に組み合わせることができます。例えばトークンの交換、価格変動への追随(FOMO)、取引の実行など、目的に応じたアクションを定義できます。各機能は標準的なTypeScriptのコードとして実装され、必要に応じて拡張や修正が可能です。
プラグインの構成は以下のように記述されます。
export const solanaPlugin: Plugin = {
name: "solana",
description: "Solana Plugin for Eliza",
actions: [executeSwap, pumpfun, fomo, transferToken],
evaluators: [trustEvaluator],
providers: [walletProvider, trustScoreProvider],
};
イメージ生成の高度な実装例
もう一つの実装例として、画像生成機能が示されています。様々なLLMプロバイダーに対応し、生成された画像の保存や管理機能も備えています。開発者は画像の幅、高さ、生成回数、ネガティブプロンプトなど、詳細なパラメータを制御することができます。

ElizaOSの市場における普及状況
ElizaOSの設計方針や市場での評価を検討する中で、Web3分野におけるAIエージェントのエコシステムに存在する課題が明らかになりました。この課題に対応するため、開発チームはデータに基づいたアプローチを採用し、戦略的パートナーシップの分析に重点を置いて取り組みました。
市場浸透の評価手法
評価手法として、2024年7月のElizaOSローンチ以降の検証済みパートナーシップ発表とコラボレーションが分析されました。
- Myshell
- Virtuals
- Swarm
など主要なWeb3 AIエージェントフレームワークと比較した採用率が測定されました。
エコシステムの成長
2025年1月1日時点で、多数の代表的なWeb3プロジェクトがElizaOSをベースにAIエージェントシステムを構築しました。パートナーエコシステム全体の時価総額は200億ドルを超え、開発者や企業がElizaOSのインフラストラクチャに寄せる信頼の高さが裏付けられました。
時価総額200億ドルという数字は、ElizaOSが開発者コミュニティにおいて実用的なフレームワークとして認識され、さまざまなプロジェクトで活用されていることを示しています。Web3分野におけるAIエージェントの実装基盤として、一定の役割を果たしていることがうかがえます。
まとめ
本記事では、Web3対応のAIエージェントオペレーティングシステム「ElizaOS」の研究を紹介しました。
TypeScriptで構築された本システムは、ブロックチェーンデータの読み書きやスマートコントラクトとの対話など、Web3アプリケーションを容易に展開できる特徴を持っています。
Web3開発者の優先、プラグ可能なモジュラー設計、システムのシンプル性を重視した設計思想により、Web3とAIの新たな可能性を開く基盤として今後の発展が期待されます。
参照文献情報
- タイトル:Eliza: A Web3 friendly AI Agent Operating System
- URL:https://arxiv.org/abs/2501.06781
- 著者:Shaw Walters, Sam Gao, Shakker Nerd, Feng Da, Warren Williams, Ting-Chien Meng, Hunter Han, Frank He, Allen Zhang, Ming Wu, Timothy Shen, Maxwell Hu, Jerry Yan
- 所属:Eliza Labs, AI3 Labs, Heurist AI, GoPlus, Zero Gravity Labs, PipLabs, TownSquareLabs, MIT