今回ご紹介するのは、「LLMを使って本人らしい道徳的判断を行うバーチャル分身をつくる方法」。
実験ではAIで実在する社長の”デジタル分身”をつくり、その分身に判断をさせてみたら、本物の人間とどのくらい似た結果が出るのかを検証した、という内容です。

なぜこんなことをするかというと、理由の一つは、仮想的な分身を作りたくてもアンケートやインタビューは大変です。しかし意思決定を模倣したいニーズは大きい。そこで「公開されているスピーチや記事、会話履歴からAIで分身をつくってしまおう」という発想が生まれました。
しかし、それらをそのままコンテキストに入れるだけで品質の高いバーチャル分身が生まれるわけではありません。
本記事の読みどころは大きく二つあります。一つは「どうやってペルソナ(分身)をつくるのか」という構築プロセスの部分、もう一つは「この方法だからこそ見えた成果」です。以下ではその二つに特に厚みをもたせてお伝えします。
忙しい人向けに、重要なポイント5選
- 実在CEOの公開発言をAIで分析してスコア化し、それをLLMに食わせることで「そのCEOのように判断する分身」をつくった
- 生テキストをそのまま渡すより、心理学の理論で整理したスコアだけを渡したほうが再現精度が高かった
- バーチャルCEOは人間の道徳判断パターンをおおむね再現したが、「誰かが傷つく」ことへの反応だけは人間より鈍かった
- 道徳的な特性を一つずつ使うより、五つまとめて渡すほうが人間に近い安定した結果になった
- AIに個性を持たせるカギは、データの量ではなく「何を読み取るべきか」を人間側が先に整理しておくことだった
参照文献情報
- タイトル:Using Large Language Models to Construct Virtual Top Managers: A Method for Organizational Research
- URL:https://arxiv.org/abs/2601.18512
- 著者:Antonio Garzon-Vico, Krithika Sharon Komalapati, Arsalan Shahid, Jan Rosier
- 所属:University College Dublin
なぜこの研究が必要なのか
経営学の世界には「アッパーエシュロン理論」と呼ばれる考え方があります。トップマネジャーの行動が組織全体の方向性を決める、というものです。CEOの考え方や価値観を知ることは、企業の戦略を理解するうえで重要です。ところが先ほど触れたとおり、経営者にアンケートやインタビューで協力してもらうのは難しい。そこで従来は、CEOの公開スピーチや年次報告書を「テキスト分析」して心理特性を推測する手法が使われてきました。
ただしテキスト分析には限界があります。文章から「この人はこういう性格です」とスコアを出すことはできても、「ではその性格の人が、ある倫理的な問題に直面したらどう判断するか?」まではシミュレーションできません。静的な数値を出すだけで、動的な行動予測にはいかない。
そこで登場するのがLLMで、特定の人物像を与えれば「その人っぽく」受け答えすることができます。テキスト分析で得た静的なプロフィールを、LLMを通じて動的なシミュレーションに変換できる可能性がある。これが今回の研究の出発点です。
これまでの試み
LLMを人間の代わりに使う試みはすでにいくつか存在します。たとえば有名な「トロッコ問題」(線路の先にいる五人を救うために一人を犠牲にするかという思考実験)をLLMに答えさせたところ、人間の平均的な回答と相関係数0.95という高い一致が出た、という報告があります。133件のマーケティング実験をLLMで再現したら、76%で人間と同じ傾向が出たという研究もあります。
ただし、これらは「平均的な人間」を再現しただけです。個人ごとの違いまでは捉えていません。LLMは何も指示しないとステレオタイプ的な平均値に収束しやすい、という問題が指摘されています。そこで個性を持たせる工夫として、「性格特性のスコアをプロンプトに埋め込む」「架空のバックストーリーを与える」「実在の人物のSNS投稿を読み込ませる」といったアプローチが試みられてきました。
実在の人物のテキストデータと、理論的な心理学フレームワークの両方を組み合わせた研究はほとんどありません。テキストだけでは表面的な言い回しの再現に留まり、心理フレームワークだけでは個別性が薄い。この両方をつなぐ方法が求められていました。
「道徳基盤理論」を利用する
方法論の話に入る前に、一つだけ押さえておきたいキーワードがあります。「道徳基盤理論」という心理学のフレームワークです。英語ではMoral Foundations Theory、略してMFT。社会心理学者のジョナサン・ハイトらが提唱しました。
人間が「正しい」「間違っている」と感じるとき、その土台になっている感覚は大きく五つに分類できる、という考え方です。
| 道徳基盤 | 内容 |
|---|---|
| ケア/危害(Harm/Care) | 誰かが傷ついていないか、苦しんでいないかを気にする感覚 |
| 公正/不正(Fairness/Reciprocity) | ルールや扱いが公平かどうかを重視する感覚 |
| 忠誠/裏切り(Loyalty/In-Group) | 自分の仲間や所属集団を大切にし、裏切りを嫌う感覚 |
| 権威/反抗(Authority/Respect) | 上下関係や社会的秩序、役割を尊重する感覚 |
| 純粋/堕落(Purity/Sanctity) | 汚れや不自然さ、道徳的な堕落を嫌う感覚 |
たとえば「動物を傷つけるのは悪い」と感じるのはケアの基盤が強い人の反応、「上司の命令には従うべきだ」と感じるのは権威の基盤が強い人の反応です。人によってこの五つのバランスが違うので、同じ状況でも道徳的な判断が分かれる。これがこの理論のポイントです。
今回の研究では、CEOが公の場で発した言葉をAIで分析して、五つの基盤それぞれの「強さ」をスコア化しています。そのスコアをLLMに教え込むことで、そのCEOらしい道徳判断をする分身をつくろうとしている。では具体的にどうやるのか、見ていきます。
ペルソナのつくり方

ここからが最も独自性の高い部分です。ペルソナの構築は三つのステップに分かれています。
ステップ1「データ収集」
研究チームは製薬・バイオテクノロジー業界のCEO 25人を選び、三種類の公開テキストを集めました。YouTubeのインタビュー動画の文字起こし、Google Newsの記事、そして年次報告書のCEOメッセージです。「評判の良いCEO」と「評判の悪いCEO」の両方を意図的に含めて多様性を確保しています。年齢、性別、学歴、職歴などのデモグラフィック情報も別途収集。テキストは2000年から2025年までの期間をカバーしており、Pythonのツールで自動的に収集・前処理されました。
ステップ2「心理的スコアリング」
ここで先ほどの道徳基盤理論が登場します。集めたテキストを「Moral Strength API」という自然言語処理ツールに通し、五つの道徳基盤それぞれについて0から10のスコアを算出しました。ポイントは、文書ごとにスコアを出して、CEO一人あたりの平均・中央値・最大値・最小値などの分布情報もまとめている点です。「このCEOはケア基盤が平均6.5で、最高8.7まで上がることもある」といった、その人なりの道徳的な”幅”も把握。
ステップ3「ペルソナ生成」
ここが肝です。研究チームはOpenAIのAssistants APIを使い、同じCEOに対して四つのバージョンのペルソナを作成しました。
| バージョン | 内容 |
|---|---|
| バージョン1(デモグラフィック情報のみ) | 年齢、性別、学歴、経歴だけをシステムプロンプトに入れた、最もシンプルなベースライン |
| バージョン2(テキストデータのみ) | CEOのスピーチやインタビューの原文をAIに渡し、その人の言葉遣いや表現の癖に基づいて応答させる方法 |
| バージョン3(MFTスコアのみ) | デモグラフィック情報に加えて、五つの道徳基盤スコアを構造化してシステムプロンプトに埋め込んだ方法 |
| バージョン4(MFTスコア+テキストデータ) | 道徳基盤の理論的スコアと生のテキストデータの両方を組み合わせたフルスペック版 |
MFTスコアは、人間の道徳判断の土台を「ケア」「公正」「忠誠」「権威」「純粋」の五つに分類した道徳基盤理論(Moral Foundations Theory)に基づくスコアで、CEOの公開発言をNLPツールにかけて各基盤の強さを0〜10で数値化したものを意味します。
研究チームがここで試したかったのは、「どの情報の組み合わせがいちばん”本物のCEOらしい”振る舞いを引き出せるか」という問いです。直感的には全部盛りのバージョン4が最強に思えます。しかし実際にはそうなりませんでした。
一度、流れを整理します。もし自分で同じようなことをやるなら、手順はこうなります。
- 対象者を決める。再現したい人物を選び、その人が公の場で発信したテキスト(動画の書き起こし、ニュース記事、レポートなど)をできるだけ多く集める。あわせて年齢・性別・経歴などの基本情報も整理しておく。
- 集めたテキストを心理学の分析ツールにかけて、理論に基づいたスコアを出す。この論文では道徳基盤理論の五つの軸で0〜10のスコアを算出した。文書ごとにスコアを出して、平均・最大・最小などの分布も記録しておく。
- 出したスコアと基本情報を、LLMのシステムプロンプトに構造化して埋め込む。「あなたはこういう人物です。ケアの強さは○点、公正は○点……」という形で指示する。
- できあがったペルソナに心理テストを受けさせて、ステップ2で出したスコアと照らし合わせる。一致していればペルソナの精度が確認できる。一致しなければ、プロンプトの書き方やスコアの与え方を見直す。
重要なポイントは、ステップ3で「生のテキストをそのまま渡す」よりも「理論で整理したスコアだけを渡す」ほうが結果が良かったことです。この点は次のセクションで詳しく触れます。
どのバージョンが一番「本物らしい」か
研究者らは四つのバージョンのペルソナに、道徳基盤質問票(MFQ)という標準的な心理テストを受けさせました。30問からなるアンケートで、たとえば「誰かが感情的に傷ついたかどうか」がどれだけ自分の道徳判断に関係するかを0から5で答えるような質問です。五つの道徳基盤それぞれのスコアが出るので、もとのテキスト分析で算出したMFTスコアとどのくらい一致するかを比較。
その結果、バージョン3、つまり「MFTスコアのみ」を埋め込んだペルソナが、最も安定して高い相関を示しました。ケア基盤でr=0.60、公正基盤でr=0.64、忠誠基盤でr=0.63、純粋基盤でr=0.67。rというのはピアソンの相関係数のことで、1に近いほど完全に一致、0だと関連なしを意味します。0.6以上は心理学研究ではかなり良好な数字です。ただし権威基盤だけはr=0.18と低く、この基盤はうまく再現できませんでした。

一方、テキストのみのバージョン2やデモグラフィックのみのバージョン1は、全体的に相関が低く不安定でした。全部盛りのバージョン4は中程度で、バージョン3には及ばない。
生のテキストを渡したほうがその人らしさが出そうと思う場合もあるかもしれませんが、実際にはテキストの投入がかえってノイズになっていました。LLMは大量のテキストを渡されると、そこから何を読み取るべきか迷ってしまう。理論的に整理されたスコアだけを渡したほうが安定した行動パターンを生み出しました。「データの量より、理論的な構造のほうが大事」。これがこの論文の重要な知見の一つです。

人間と比べてどうだったか
ベストだったバージョン3を使い、今度は対象を181人のCEOに拡大してペルソナを作成しました。このバーチャルCEOたちに、先行研究であるクローンとラハム(2015)が307人の人間参加者に実施したのと同じ実験を受けさせました。内容は「犠牲のジレンマ」。トロッコ問題のような「一人を犠牲にして五人を救うことは道徳的に許されるか?」という問いです。
研究チームは二つのプロンプト条件を設けました。
| 方式 | 内容 |
|---|---|
| 特性分離型(trait-isolated prompting) | ケアに関する問題にはケアのスコアだけを使う、というように、関連する道徳基盤のみを参照して答えるよう指示する方式 |
| 統合型(integrated-trait prompting) | 五つの道徳基盤すべてを同時に参照し、それらのバランスを踏まえて答える方式 |
人間がジレンマに答えるとき、一つの価値観だけで判断しているのか、複数を総合しているのかは実際にはわからないので、両方を試しています。
さらに、LLMの出力には確率的な揺れがあります。同じ質問でも毎回微妙に違う答えが出る。そこでそれぞれの条件を5回ずつ繰り返して、結果の安定性も検証しました。
結果、統合型のほうが安定した結果を出しました。五つの道徳基盤どうしの相関構造が人間のデータとよく似ており、回帰係数の変動も小さかった。人間の研究では「ケア基盤と純粋基盤が高い人ほど犠牲を受け入れにくい」「忠誠基盤が高い人はやや犠牲を受け入れやすい」という傾向が見られましたが、バーチャルCEOでもこの方向性は概ね再現されました。
ただし完全一致ではありません。フィッシャーのz変換(二つの相関係数が統計的に違うかどうかを検定する手法)を使うと、「ケア」の相関だけは人間とバーチャルで有意な差がありました。バーチャルCEOは、人間ほど「誰かが傷つくこと」に強く反応しなかった。純粋基盤についても差が出かけていました。
実験報告の意義
この方法論の価値は「LLMで人間を真似できた」という点だけではありません。いくつかの重要な知見が得られています。
理論的な足場(theoretical scaffolding)が行動の再現性を高める
生のテキストはLLMにとってノイズになりうる。人間の研究者がテキストから心理特性を読み取るときは辞書や理論を使って解釈しますが、LLMにはその解釈の枠組みが自動的には備わっていません。だからこそ、人間が先にテキストを理論で解釈してスコア化し、そのスコアをLLMに渡すほうが効果的だった。
バーチャルCEOの判断パターンに一貫した「CEO風味」が現れた
人間の一般参加者と比べると、ケアや純粋に対する感情的な反応が弱く、より計算的・実利的な方向に判断が傾きました。研究チームはこれを限界ではなくリアルな反映として解釈しています。経営者は日常的に結果志向の意思決定をしているため、道徳判断でも感情的な強度が抑えられるのは自然だ、と。ペルソナにデモグラフィック情報(CEOという職業的背景)を組み込んだ効果が現れている可能性があります。
プロンプト設計で結果の安定性が大きく変わる
特性を一つずつ分離して使うより、五つの特性を統合して渡すほうが、人間の道徳判断の構造に近くなりました。人間は一つの問題に対して複数の価値観を同時に参照して判断しているので、AIにもそうさせるほうが自然です。
同じプロンプトでも毎回違う出力が出る
この点に関しても5回の反復とOLS回帰・リッジ回帰の比較で系統的に検証しています。研究チームはこの揺れの一部を、人間の判断にもある自然な不安定さの反映である可能性がある、とも述べています。
注意点
気を付けたいのは、LLMはインターネット上の膨大なテキストで学習しているため、今回ペルソナ構築に使ったCEOのスピーチや記事の一部を、モデルがすでに学習済みの可能性があります。ペルソナが「新しく学んだ情報」に基づいて振る舞っているのか、「もともと知っていた情報」を思い出しているだけなのかが切り分けられない。研究チームは理論的スコアという明示的な足場を与えることでこのリスクを軽減しているとしていますが、完全には排除できていません。
もう一つは、道徳基盤理論以外のフレームワークでも同じことができるのか、という点です。ビッグファイブ性格特性やシュワルツの価値理論など、別の理論的足場を使った場合にどうなるかは興味深いところとされています。
また展望として、一人ひとりのペルソナが道徳的な個性を持ったうえで相互作用すれば、業界全体のダイナミクスを模擬できるかもしれません。
まとめ
全体を通して「理論的な足場をきちんと組めば、LLMは特定の個人らしい行動パターンをある程度再現できる」ということが示唆されています。ただし万能な代替手段ではなく、あくまで補完的なツールとして位置づけられています。
テキスト分析という従来の静的な手法を、LLMという動的なエンジンと組み合わせることで、「この人はどんな価値観を持っているか」だけでなく「その価値観を持つ人が特定の場面でどう振る舞うか」までシミュレーションできるようになった。これは組織研究にとっての新しい道具であると同時に、「人間の認知をどこまでモデル化できるか」という問いへの挑戦でもあります。
AIの力を引き出すためには、人間の側が持っている理論や知識で情報を構造化してから渡すことが重要だ、ということがポイント。データを丸投げするのではなく、「何を読み取るべきか」を先に人間が整理する。AIと人間の協働を考えるうえで、示唆に富む研究だと思います。
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