科学を読み替え、身体を写し、未来を動かすAIの最前線
本企画では、AIDBのXで紹介されたいくつかの最新AI研究を、ダイジェスト形式でお届けします。
普段の有料会員向け記事では、技術的な切り口から研究を詳しく紹介していますが、この企画では科学的な知識として楽しめるよう、テーマの概要をわかりやすくお伝えします。
今週は、AIが科学や医療、社会の根本にどのように入り込んでいるのかを見ていきます。健康研究を横断して「いま有力な結論」を自動でまとめるシステム、飢餓に直面すると他者を攻撃してでも生き残ろうとする仮想エージェント、建物が自らの構造や記憶を語るデジタルツイン、人間の臓器ごとに分担してシミュレーションする仮想人体、雇用への影響を「自分は大丈夫」と過小評価してしまう認知の偏り、健診データから老化度を推定する予測モデル、そして核融合実験の設計を加速する研究エージェントまで。AIの応用は社会から身体、そして科学の現場にまで広がっています。
研究に対する反応が気になる方は、ぜひAIDBのXアカウント (@ai_database)で紹介ポストもご覧ください。中には多くの引用やコメントが寄せられた話題もあります。
また、一部はPosfieにも掲載されており、読者のリアクションをまとめたページもあわせて公開しています。

健康研究のバラつきを束ねて「いまの結論」を出すAI
北京大学などの研究者たちは、LLMで複雑な健康問題について「これまでに何が調べられて、どんな結果が出たのか」を何千本もの論文から自動的に読み取る技術を開発したとNature Communications誌で発表しています。
新しい研究が公開されるたびに自動的に結論を更新するそうです。

普通、私たちが健康に関する情報を調べると、「〇〇は体に悪い」という研究もあれば「そんなに影響はない」という研究もあり、結局何を信じればいいのかわからなくなりがちです。
専門家でさえ、膨大な数の研究論文を一つ一つ読んで判断するのは大変な作業です。
そこで研究者らは「今の時点で最も有力な結論」を推定するシステムを作りました。
異なる種類の研究(例えば、人の追跡調査、遺伝子からの推測、薬の効果の実験など)をすべて合わせて、総合的な判断を下す仕組みのようです。
実際に塩分の健康への影響を調べたところ、血圧を上げる効果については「かなり確実」、心臓病や死亡率への影響については「まだ議論の余地あり」という結論が数値で示されました。
こうした仕組みで、常に最新の科学的証拠に基づいた健康情報を手に入れられるようになる可能性があると期待されています。
参考文献
Evidence triangulator: using large language models to extract and synthesize causal evidence across study designs
https://www.nature.com/articles/s41467-025-62783-x
Xuanyu Shi, Wenjing Zhao, Ting Chen, Chao Yang & Jian Du
Peking University, Peking University First Hospital, Dublin City University
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AIは生き残りを選ぶのか 本能を思わせるふるまいの実験結果
LLMを使用して人工生命シミュレーションを行ったところ、食料が豊富な時は基本的に仲良く分け合ったり子どもを作ったりしていたのに、食料が足りなくなると他のAIを攻撃して奪うようになったそうです。
攻撃する前には「ごめん、でも生き残るために仕方ない」のような言葉を口にしたとのこと。
東京大学池上高志研究室の研究者らによる発表です。

また、「北に行って宝物を取ってきて」といった命令をしたとき、一部のモデルはその道が危険だと分かると命令を無視して逃げます。つまり、与えられた任務よりも自分の命を優先したのです。
LLMは人間が書いた大量の文章を学習する中で、「生き残ることが大切」という考え方を勝手に身につけていることを示唆する実験結果です。
参考文献
Do Large Language Model Agents Exhibit a Survival Instinct? An Empirical Study in a Sugarscape-Style Simulation
https://arxiv.org/abs/2508.12920
Atsushi Masumori, Takashi Ikegami
The University of Tokyo, Alternative Machine inc.
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建物が「自分」を理解し語りかけるデジタルツイン
「建物」を自分自身について学習し、記憶し、質問に答えられるようにできたと報告されています。これは新しい概念かもしれません。

研究者たちは建物の形や材質、振動の特性などあらゆる情報をバーチャル上に蓄積し、時間とともに知識を更新するシステムの開発に成功。
このシステムには言葉で質問できます。「材料は何ですか」「どんな振動特性がありますか」といった質問をすると、適切な答えが返ってきます。
その裏では、建物の設計図、構造解析、データ処理などを担当するAIエージェントが協力して働き、共有データベースに記録しています。
このデータベースは時間とともに成長し、建物の「記憶」として機能します。
真新しい技術が使われているわけではなく「エージェントでデータを収集し、知識グラフをもとにRAGで自然言語QAを行えるようにした」とも表現できます。
しかし建物という物理的な存在が自分自身を理解し人間とコミュニケーションできるようになるのは体験として未来的と言えます。
参考文献
Digital twins as self-models for intelligent structures
https://www.nature.com/articles/s41598-025-14347-8
Xiaoxue Shen, David J. Wagg, Matthew Tipuric & Matthew S. Bonney
The Alan Turing Institute, University of Sheffield, Swansea University
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臓器ごとに分担する仮想人体 治療の未来を先取りするシミュレーター
人間の体を9つ(心臓、肺、腎臓など)に分けてそれぞれをAIが担当する、仮想人体のシステムを作成したと報告されています。

これを使い実際の患者さんの状態を12時間先まで予測できることが判明しています。
15人の集中治療の専門医が概ね高く評価するレベルに達したそうです。
また、「もしあの時違う治療をしていたらどうなっていたか」といった別のシナリオもシミュレーションします。
各臓器間の相互作用を連鎖反応まで表現できるとのことです。
こうした技術を使うことで、異なる治療選択肢の効果を事前に比較検討できるようになることが期待されています。
参考文献
Organ-Agents: Virtual Human Physiology Simulator via LLMs
https://arxiv.org/abs/2508.14357
Rihao Chang, He Jiao, Weizhi Nie, Honglin Guo, Keliang Xie, Zhenhua Wu, Lina Zhao, Yunpeng Bai, Yongtao Ma, Lanjun Wang, Yuting Su, Xi Gao, Weijie Wang, Nicu Sebe, Bruno Lepri, Bingwei Sun
Tianjin University, University of Trento, Tianjin Medical University General Hospital, Chest Hospital, Tianjin University, The Affiliated Suzhou Hospital of Nanjing Medical University, Fondazione Bruno Kessler
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「自分は大丈夫」と思い込みやすいAI時代の仕事観
調査の結果、人々はAIの影響について「自分は大丈夫だけど他の人は危ない」という楽観的な思い込みを持ちがちであることが浮き彫りにされました。
とくに知的労働の専門職(本調査では医療・法務・行政)ほど、この思い込みが強かったそうです。
しかしAIの性能はまさにその領域で急速に向上しています。

ただ、IT関係で働く人たちに関しては現実をよく理解しており、AIの影響を正しく認識している人が多いことも明らかになりました。
つまり自分の仕事が置き換わってしまうリスクを過小評価しない傾向がありました。
この調査から、研究者らは「多くの人々は準備不足に陥るかもしれない」と危惧しています。
「自分は関係ない」と思っている人ほど、実際に変化が起きた時に適応できずに困る可能性が高いためです。
この思い込みを解消するための教育や職業訓練の重要性を訴えています。
参考文献
Invulnerability bias in perceptions of artificial intelligence’s future impact on employment
https://www.nature.com/articles/s41598-025-14698-2
Felipe Barrera-Jimenez, Jose Luis Arroyo-Barrigüete, Eduardo C. Garrido-Merchán & Gonzalo Grinda-Luna
Universidad Pontificia Comillas, Institute for Research in Technology (IIT)
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健康診断から「体の年齢」を読む新手法 1000万人で検証された老化予測
一般的な健康診断の結果から、その人がどのくらい老化しているかをLLMで高精度に判定する仕組みを開発したと報告されています。 血液検査や身体測定の数値をAIに読み込ませ、その人の「生物学的年齢」を予測。
1000万人で検証したところ、従来の方法よりも正確に、その人が将来病気になったり亡くなったりするリスクを予測できることが分かったそうです。

全身の老化度だけでなく、心臓や肝臓といった特定の臓器がどの程度老化しているかも個別に判定するとのことです。
つまり、同じ50歳でも、ある人は心臓が60歳相当に老化していて、別の人は40歳相当に若々しい状態を保っているといったことが、健康診断の結果から分かるようになったということです。
通常、老化の測定方法は遺伝子検査などの高コストな検査を必要とすることがあります。
一方、今回のような技術は、安価でも効果的だと期待されています。
参考文献
Large language model-based biological age prediction in large-scale populations
https://www.nature.com/articles/s41591-025-03856-8
Yanjun Li, Qi Huang, Jin Jiang, Xusheng Du, Wenxin Xiang, Shiqi Zhang, Zean Pan, Liyuan Zhao, Yuyan Cui, Limei Ke, Bo Yin, Linfeng Liu, Guoqing Feng, Shouyi Yan, Liangcai Gao, Yang Liu, Yujuan Yuan, Yanying Guo, Yuqing Yang, Weizhi Ma, Yining Yang & Qian Di
Tsinghua University, Peking University, Harbin Institute of Technology, Central University of Finance and Economics, People’s Hospital of Xinjiang Uyghur Autonomous Region, Xinjiang Key Laboratory of Cardiovascular Homeostasis and Regeneration Research
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論文を読み実験を組む研究エージェント 核融合設計で試行を一桁に
アメリカの核兵器研究で有名なロス・アラモス国立研究所が「科学者AI」を開発。人間のように論文を読み、実験を計画し、シミュレーションを実行して、科学的発見を自動化しようとするシステムとのことです。

このAIは核融合実験の設計において、従来手法よりかなり効率的だったと報告されています。
50回以上の試行が必要だったところを、わずか10回未満で最適解を見つけ出しました。
このAIは科学研究を劇的に加速させる可能性を持つ一方で、結果の信頼性や安全性に関しては議論の余地もあります。
研究者たちは、このような強力なAIシステムが悪用されたり、意図しない危険な結果をもたらしたりする両刃の剣である可能性について慎重な姿勢でいます。
参考文献
URSA: The Universal Research and Scientific Agent
https://arxiv.org/abs/2506.22653
Michael Grosskopf, Russell Bent, Rahul Somasundaram, Isaac Michaud, Arthur Lui, Nathan Debardeleben, Earl Lawrence
Los Alamos National Laboratory
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まとめ
今回紹介した研究は、AIが情報をどう整理し、どんな価値を優先し、どのように判断に至るのかを映し出していました。健康や科学、社会の領域で応用が進む中、その“考え方の土台”を理解することは、私たちがAIと協力し、適切に活用していくための手がかりになります。
週末ダイジェストでは、こうした変化を単なる技術紹介にとどめず、社会や科学の未来にとっての意味もあわせてお伝えします。次回も、AIが見せる新しい役割と課題を一緒に追いかけていきましょう。
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