本記事では、創薬の現場で実際に使われはじめたエージェント型AIの実例を紹介します。
新薬の開発には、多くの時間と費用がかかります。そのため最近では、AIを使って効率化しようとする動きが進んでいます。実際にどう使われ、どんな成果が出ているかを、8つの具体例とともに紹介しています。
記事では、まずエージェント型AIの仕組みを整理し、その後、文献調査、実験の自動化、意思決定のサポートなど、幅広い応用例を紹介していきます。創薬にかぎらず、他の分野で働く方にとっても、複雑な業務を効率よく進めるヒントになるよう考察していきます。

背景
新しい薬をつくるには、10年以上の時間と数千億円もの費用がかかるとされています。
そして創薬の過程では、さまざまな種類の膨大なデータが生まれます。それらデータの整理や判断は、いまも多くが人手に頼っています。研究者が論文を探し、データを集め、読み解き、話し合いながら次の手を決める繰り返しが、時間やコスト、失敗率の高さにつながっているのです。
そこで最近では、創薬でもAIの活用が始まっています。ただ、現在のAIは基本的に「受け身」です。毎回、人が入力を用意し、結果を見て解釈しなければなりません。
こうした課題は、創薬に限らず他の分野でも似た構造を持っているかもしれません。複雑で専門横断的なプロセス、そしてバラバラな情報の統合。こうした環境でどう意思決定を支援できるかは、多くの業界に共通する問いです。
そこで注目されているのが「エージェント型AI」です。LLMの推論力を軸に、ツールやメモリ、データベースと連携することで、「考える」「行動する」「観察する」「振り返る」といった一連の流れを、人の指示なしに自律的に繰り返すシステムの概念です。このような考え方や仕組みは、創薬だけでなく他分野にも応用の余地があります。情報の収集・解釈・行動を自動化・統合できるなら、複雑な業務や調査、意思決定の支援にもつながるはずです。
以下では、エージェント型AIが創薬の現場でどう活用されはじめているのか、その仕組みと実例を体系的に見ていきます。他分野の方にとっても、技術の可能性を知る手がかりになるはずです。
忙しい人向けに、重要なポイント5選
- エージェント型AIは、LLMに「見る・計算する・動く・覚える」4つの力をもたせ、自分で情報を集めて実験までくり返せる
- 実際の創薬現場では、文献調査や実験計画が数週間から数時間に短縮され、最大で400倍の効率化を達成した事例もある
- ReAct、リフレクション、スーパーバイザー、スワームという4つの設計パターンを使い分けることで、単純な探索から複雑な組織的タスクまで対応可能
- データ形式の多様性、情報漏洩、誤判断(ハルシネーション)といった課題があり、人間の介在や行動ログの記録が重要な対策となる
- 今後は24時間稼働の自律研究室や仮想実験によるデジタルツインが広がり、AIと人間の協働によって研究開発の民主化が進むと期待される
参照文献情報
- タイトル:AI Agents in Drug Discovery
- URL:https://doi.org/10.48550/arXiv.2510.27130
- 著者:Srijit Seal, Dinh Long Huynh, Moudather Chelbi, Sara Khosravi, Ankur Kumar, Mattson Thieme, Isaac Wilks, Mark Davies, Jessica Mustali, Yannick Sun, Nick Edwards, Daniil Boiko, Andrei Tyrin, Douglas W. Selinger, Ayaan Parikh, Rahul Vijayan, Shoman Kasbekar, Dylan Reid, Andreas Bender, Ola Spjuth
- 所属:Broad Institute of MIT and Harvard, University of Cambridge, Uppsala University, Augmented Nature, University of California Los Angeles, Human Chemical, Kiin Bio, Misogi Labs, Happy Potato, Inc., Onepot AI, Inc., Plex Research, Convexia, Kepler AI, Nome Bio, Zetta Venture Partners, Khalifa University of Science and Technology, STAR-UBB Institute, Pixl Bio AB
エージェント型AIはLLMに4種のツールを持たせて自律的に動く
LLMは外部ツールとの連携で知覚・計算・行動・記憶が可能になる
エージェント型AIは、これまでの予測AIや生成AIをさらに発展させた存在です。その中心にあるのは、LLMの「推論力」です。ここで言う推論とは、人のように考えるという意味ではなく、与えられた情報から次に何をすべきかを選ぶ力を指します。
ただし、LLM単体には限界があります。学習した範囲の知識しか持たず、外部のデータや現実の世界に直接アクセスすることができません。たとえば最新の論文を調べたり、化学構造を解析したり、実験装置を操作したりはできないのです。
この制約を超えるために、エージェント型AIではLLMに「ツール」を組み合わせます。ツールとは、LLMが使える外部の機能のことです。論文では、創薬における主要なツールを4種類に分けています。
| ツール種別 | 主な役割 | 代表例(ツール/DB) | 具体的な働き |
|---|---|---|---|
| 知覚ツール | 情報収集 | ChEMBL、PubChem、STRING、Reactome | 必要なデータを検索・取得し、LLMが使える形にする |
| 計算ツール | 予測・シミュレーション | AlphaFold、NextFlow | 構造予測や解析パイプラインを実行(クラウド/高性能環境で動作) |
| 行動ツール | 実験の自動実行 | ロボットアーム、自動アッセイ装置、ラボオートメーション | 設計を実験に落とし込み、実際の検証を行う |
| 記憶ツール | 知見の蓄積・再利用 | ナレッジベース、履歴DB、ベクトルDB | 得られた知見や履歴を保存し、次回の判断に反映する |
この4つのツールを組み合わせることで、エージェントは「情報を集める(知覚)→ 予測する(計算)→ 実験する(行動)→ 学ぶ(記憶)」という流れを自律的に繰り返せるようになります。
用途に応じて4つの設計パターンを使い分ける
エージェント型AIには、いくつかの代表的な設計パターンがあります。それぞれ得意な場面が異なり、目的に応じて使い分けられています。
| 設計パターン | 主な特徴 | 得意な用途 | 欠点・注意点 |
|---|---|---|---|
| ReActエージェント | 思考(推論)と行動を交互に行うループで自律的に進める | 試行錯誤が多い作業、文献整理、構造探索 | 長期計画や大規模分担には不向きな場合がある |
| リフレクションエージェント | 複数のLLMが計画→批評→改善を繰り返す対話型設計 | 合成経路設計、実験手順の最適化 | 計算コストが高く処理に時間がかかる |
| スーパーバイザーアーキテクチャ | 監督役が専門エージェントに指示を割り振り結果を集約 | 実験キャンペーンの全体管理、領域横断タスク | やり取り増加でコンテキスト制限に達しやすい |
| スワームアーキテクチャ | 分散型でエージェント同士が直接やり取りする | 複数施設や組織をまたぐ大規模協働、データ統合 | 調整・標準化や通信プロトコルの整備が必要 |
短期記憶と長期記憶の組み合わせで経験から学び続ける
エージェント型AIが単なるツールの集合で終わらず、自律的に成長していくには「記憶」が欠かせません。記憶には、大きく分けて短期記憶と長期記憶があります。
| 記憶区分 | 主な役割 | 具体例・手法 | 利点 | 注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 短期記憶 | 現在の会話や直近データを一時保持(コンテキストウィンドウ) | コンテキストウィンドウ(近年は100万トークン超のモデルも) | 会話文脈や直近の実験結果を参照して行動を決められる | 一時的でモデル停止後は消える。容量制限あり |
| 長期記憶(内部) | モデル重みに埋め込まれた知識 | 継続事前訓練、ファインチューニング、モデルマージ | 高速に参照でき、応答が一貫する | 更新に再訓練が必要で手間とコストがかかる |
| 長期記憶(外部) | DBに知識を保存し必要時に検索して参照 | RAG(ベクトル化+検索)、ベクトルDB、ナレッジベース | 再訓練不要で最新情報を反映できる | 検索品質に依存。データ整備が必要 |
| 発展手法 | 検索精度や関係探索を高める方式 | エージェント型RAG(検索の反復改善)、GraphRAG(知識グラフ) | 関係性の深い情報や希少な関連を発見しやすい | 実装が複雑で設計・運用コストが増える |
加えて、エージェントは外部サービスと連携する「ツール呼び出し」も行えます。たとえば、ChEMBLやPubMedにAPI経由でアクセスし、その結果を短期記憶に取り込みます。こうした仕組みの標準化として、Anthropic社が「モデルコンテキストプロトコル(MCP)」を提案しており、異なるデータソースとのやり取りを統一する試みが進んでいます。
エージェント型AIの実践例で創薬プロセスが大幅に加速
では、過去1年に創薬現場で試験運用されたエージェント型AIの事例を8件紹介していきます。開発元は企業や研究機関で多様であり、設計思想や適用場面もさまざまです。各事例がどのような課題に取り組み、どのように解決したかを見ていきます。
数週間の文献調査が数時間に、100化合物の評価を自動化
新しい薬の候補化合物を評価するには、過去の文献や特許から似た構造の情報を調べる必要があります。従来はこの作業に数週間かかることもありました。
創薬支援スタートアップのMisogi Labsが開発したシステムは、スーパーバイザー型の構造を採用しています。中央の調整役エージェントが、特許抽出・文献検索・データ照合などの専門エージェントを動かします。研究者が100以上の化合物構造を入力すると、システムが自動で以下の処理を実行します。
まず、化合物データベースから類似構造を抽出します(形状類似度0.7以上などを基準)。次に、それらに関する文献からSAR(構造と活性の関係)情報を取り出し、同時にADMET(薬物動態)の予測も行います。
複数の文献に矛盾するデータがある場合は、照合エージェントがそれを検出し、実験条件などの情報も添えて提示します。元の文献にもすぐアクセスできるようになっています。

実例として、BTK阻害剤アカラブルチニブの選択性評価があります。複数のデータベースから標的タンパク質との結合データを集め、条件の違いを整理して数時間で報告書を出力しました。
この仕組みは創薬だけでなく、特許調査や技術分析など、大量の文書から知見を整理する場面にも応用できます。
代謝物の毒性を自動追跡し予測と文献を統合して評価
化学物質の安全性を評価する際は、体内で代謝されたあとの生成物(代謝物)の毒性も考慮する必要があります。これは複数のモデルや文献を統合して判断する高度な作業です。
AIを用いて化学物質の毒性予測や安全性評価を行う企業のHuman Chemicalが開発したシステムは、ReAct型の構造です。毒性予測、化学構造処理、文献検索などを統合し、「観察→判断→行動」のサイクルを繰り返します。ユーザーは途中で質問もでき、その都度エージェントが対応します。
たとえば香料成分カシュメランの内分泌かく乱リスクを評価したとのことです。まずモデルで本体の活性を評価(73.7%の確率で活性あり)。続いて、BioTransformerで代謝経路を予測し、代謝物の活性も評価しました。代謝が進むにつれ活性が下がり、最終代謝物では45.6%と低下しました。あわせて、文献と規制文書も検索し、実験データを収集。非毒性濃度での不活性や、90日試験でも異常なし、代謝が速い(半減期1時間未満)といった情報も得られ、予測と整合的な結果となりました。
実験手順書とロボットコードを2時間で生成し400倍高速化
qPCRのような規制対象の実験では、文献調査、手順書の作成、自動化スクリプトの開発がそれぞれ別の専門家によって進められ、調整に数週間〜数ヶ月かかることもあります。
Potato社のTaterは、こうした一連の作業を自動化するシステムです。たとえば研究者が「AAVを定量するqPCRをOpentronsで自動化したい。FDA基準に合う手法を文献から選んでプロトコルと解析法も用意してほしい」と依頼すると、Taterは2時間以内に以下を出力します。
- 感度・特異性・規制適合性を比較した手法一覧
- MIQE準拠の実験プロトコル
- Opentrons用のPythonコード
- 統計手法を含む解析レポート
従来は全体で数週間かかっていた作業が、1時間39分で完了し、約400倍の効率化が得られています。
出力物の最終確認は人手で行いますが、文書作成の負担を減らすことで、研究者はより本質的な検証や最適化に集中できます。こうした仕組みは、品質管理や検査業務など、標準化された手順が求められる他分野にも応用可能です。
100ツール統合で前臨床プログラムを2時間で実行
創薬では、生物学・化学・臨床の3領域がそれぞれ異なるツールやデータを使っており、統合の難しさが課題となります。すべてを一つの仕組みで扱えれば、意思決定を効率化できます。
Kiin Bioのバーチャルサイエンティストは、100以上のツールとAIモデルを組み合わせたスワーム型のプラットフォームです。文献調査、オミックス解析、分子設計、構造予測などを複数の専門エージェントが分担し、自律的に処理します。
全エージェントは「組織的記憶」を共有し、過去の判断を参照しながら次の行動を決めます。これにより、各タスクが文脈を持ったまま連携できます。
たとえば、特発性肺線維症(IPF)の前臨床プログラムでは、疾患理解から標的選定、候補化合物の生成までを自動で実行。処理時間は2時間以内で、通常数週間かかる作業を大幅に短縮しました。
新たなデータが得られた場合も、ワークフローの一部または全体を即座に再実行できます。
一方、データ形式や注釈の違い、外部委託先(CRO)の選定などには、今後も改善の余地があります。
このような統合型の仕組みは、複雑な判断を要する分野、たとえばサプライチェーンや投資判断などへの応用が期待されます。
希少疾患の転用候補を数時間で抽出し規制リスクを低減
希少疾患は患者数が少なく、研究データも限られています。既存の薬を別の用途に活用する「ドラッグリパーパシング」は、時間やコストの削減につながりますが、関係する遺伝子や経路、タンパク質、化合物の情報を手作業で統合するのは非常に手間がかかります。
そこでAugmented Natureが開発したシステムは、スーパーバイザー型の構成で、5つの専門エージェントを調整します。
- 遺伝子情報(Ensembl、OpenTargets)
- 経路情報(Reactome、KEGG)
- タンパク質構造(AlphaFold、PDB)
- 結合化合物(ChEMBL、PubChem)
- 安全性評価(毒性・ADMET)
それぞれのエージェントが連携し、疾患と薬をつなぐ情報を統合的に処理します。

たとえば脊髄性筋萎縮症(SMA)に関しては、SMN1/SMN2遺伝子の特定から始まり、関連経路と構造データの収集、候補化合物の検索、安全性による絞り込みまでを実行しました。これらは数時間で完了し、手作業なら数週間かかる範囲をカバーしています。
特長は、既に承認・臨床段階にある薬が優先される点です。これにより、規制対応や資金調達のハードルが低くなります。また、同じ仕組みを他の希少疾患にもすぐ展開できます。
なお、このような自動統合の考え方は、技術調査や人材マッチングなど、複数のデータソースを横断して候補を絞り込む作業にも応用できるかもしれません。
合成計画から実験実行まで自律化し1日数十化合物を生成
新しい化合物の合成は創薬のボトルネックです。合成経路の検討から実験の実行、条件変更による再試行まで、半年以上かかることもあります。
課題は主に2つです。1つは、ほとんどの化合物で合成方法が公開されておらず、計画が難しいこと。もう1つは、化学反応の自動化が機械設計的に困難なことです。
Onepot AIのシステムは、「知能層」と「実行層」を統合しています。実行層には、試料管の取り扱いや液体処理、分析装置(LC/MS)などが含まれます。知能層では、エージェントが逆合成エンジンや検索ツール、文献情報を使って実験を立案・実行・修正します。

ポイントは、過去の実験結果を内部記憶として保持することです。これにより、一般的な知識だけでなく、自施設での成功例や失敗例も参照しながら、条件変更や経路の再設計を自律的に行えます。
この仕組みはすでに商業運用されており、7種の反応に対応。各反応で2〜5通りのプロトコルを持ち、成功率は50〜88%。1日あたり数十化合物の合成が可能です。
こうした「計画と実行の統合」は、材料開発や製造プロセスなど試行錯誤を伴う分野にも応用できます。
フォーカルグラフで稀な関連性を発見し新規標的を同定
創薬に関わるデータは、大量で複雑、ノイズも多く、バラバラに存在しています。こうした情報から有用な関係性を見つけるには、ネットワーク的な視点が有効です。検索エンジンで使われるPageRankのような手法を、生物医学のデータに応用したのが「フォーカルグラフ」です。
フォーカルグラフとは、大規模な知識グラフから、あるクエリに関連する部分だけを切り出したミニグラフです。たとえば、遺伝子や化合物を入力すると、その周辺で重要なつながりを持つ要素(遺伝子、タンパク質、化合物など)を中心性アルゴリズムで抽出し、見やすい形で提示します。全体を計算しなくて済むため効率的で、重要な関係も取りこぼしにくくなります。
Plex Researchはこのフォーカルグラフを、LLMベースのエージェントと組み合わせたシステムに取り入れています。たとえば「Wnt経路に関連する新しいがん標的を見つけよ」というタスクでは、エージェントがまずWnt経路の既知遺伝子を洗い出し、それらが関与する遺伝子発現データを調べ、似た発現パターンを持つ遺伝子をフォーカルグラフで発見しました。こうした“表現型模倣”により、eIF2複合体など新しい標的が浮かび上がりました。

この手法の強みは、見逃されがちなつながりを構造的にとらえられる点にあります。従来のテキスト検索では埋もれていた関係を、データ全体の構造をもとに発見できます。
フォーカルグラフの考え方は、仮説生成が必要な他分野、たとえばサプライチェーンのリスク分析や技術トレンドの探索などにも応用できる可能性があります。
科学評価から提携戦略まで数時間で統合し意思決定を支援
新薬候補を選ぶ際には、科学的な妥当性だけでなく、市場性や規制戦略、知財、提携候補なども考慮が必要です。しかし、それらの情報は多言語・非構造データとして点在しており、統合には数ヶ月かかることもあります。
Convexiaのシステムは、5つのモジュールを統合したスーパーバイザー型の構成です。
| モジュール | 主な役割 | 主な入力例 | 出力(例) | 効果/利点 |
|---|---|---|---|---|
| 資産発見 | データ収集と正規化、知識グラフ構築 | 学会資料、特許、論文、ウェブ情報 | PKG(Property Knowledge Graph) | 情報を統一表現にして横断検索・連携可能にする |
| 科学評価 | 技術的妥当性の算定 | 化合物、標的タンパク質、構造データ | ドッキングスコア、MD解析結果 | 候補の科学的信頼性を定量化できる |
| 市場分析 | 商業性・規制のシナリオ整理 | 市場データ、規制情報、特許状況 | 市場規模推定、規制ルート比較 | 事業化見通しとリスクを可視化する |
| 臨床評価 | 臨床リスクと実行性の予測 | 過去治験データ、CRO実績、製造条件 | 信頼性スコア、進行リスク評価 | 治験実行上の課題と委託先選定に役立つ |
| 事業開発 | 提携・ライセンス候補の抽出と資料作成 | 取引データ、類似M&A事例、市場マップ | 提携候補リスト、提案書ドラフト | 実務的なアプローチ計画を短時間で生成 |

たとえば中堅製薬企業がポートフォリオを見直すケースでは、学会資料や規制文書などを収集し、PKGに統合。科学・臨床・事業の各面でリスクや戦略を整理し、数時間で候補リストと提携先へのアプローチ計画を出力しました。
従来に比べて、カバー範囲の広さと処理速度に強みがあります。特に、プレゼン資料やウェブ情報など、非構造データへの対応力が高いのが特徴です。
このような多角的な評価機能は、製薬以外にもM&Aや投資判断、デューデリジェンスのように多様な情報を集約する場面にも応用が期待されます。
課題と今後の展望
エージェント型AIは創薬で大きな可能性を見せていますが、実際に使っていくにはまだ解決すべき課題があります。
データの表現方法が多様で条件依存性も高く統合が困難
創薬で扱うデータは種類も条件も多様で、同じ数値でも実験方法や濃度、細胞の種類、患者特性によって結果が大きく変わります。さらに、分子の表し方もSMILESやIUPAC名、InChIなど複数あり、データベースごとに識別番号も異なります。
エージェントはこれらを相互に変換し、同一物質として扱う必要があります。生物学では、遺伝子から臓器まで階層をまたぐ情報統合が求められ、共通の用語体系(オントロジー)整備が不可欠です。
こうした条件依存性や表記の多様さが、エージェント設計やシステムの互換性に大きく影響すると指摘されています。
機密漏洩やプロンプト攻撃のリスクに人間参加型で対応
エージェント型AIは自律的にデータへアクセスし操作や分析を行うため、機密データや知的財産が外部に漏れるリスクがあります。またクローズドソースのLLMでは、内部処理を検証できず、機密情報が学習や推論で漏れる恐れがあります。
さらに深刻なのが「プロンプトインジェクション攻撃」です。悪意ある指示が文書やウェブページに埋め込まれていると、エージェントが参照時にそれを実行してしまう可能性があります。外部APIの操作や装置制御を伴うため、情報流出や不正実験に発展する危険もあります。
対策としては、エージェントのアクセス範囲を厳密に制御し、重要な操作には人の承認を挟む仕組み(human-in-the-loop)を導入することが推奨されます。また、行動履歴を記録し、いつ何を実行したかを追跡できるようにしておくことも重要です。
誤った判断を防ぐには行動軌跡の評価が必要
LLMには事実と異なる情報をもっともらしく出す「ハルシネーション」があり、エージェント型AIでも同様の問題があります。誤判断により危険な操作が行われるリスクもあります。
そこで①人間が事前に行動を承認する仕組み、②判断の根拠を記録・検証できる仕組みが対策として挙げられます。
ただし、今の評価方法は結果しか見ておらず、推論の過程を評価できません。創薬では「なぜその判断か」が重要です。行動の流れも評価できる新たな指標が必要だと指摘されています。また、細胞レベルの効果だけで「検証済み」とする過信にも注意が必要です。
24時間実験を繰り返す自律研究室が本懐
今後注目されているのが、「自律研究室(self-driving laboratory)」の実現です。エージェント型AIがロボットや実験装置と連携し、人手を介さず実験の計画・実行・評価を行う仕組みです。
すでに、LLMとロボットアームを組み合わせた試作では、分子の最適化や条件探索を自律的に進められています。今後は複数ステップの化学合成や、生物学的な実験を並行して行うような複雑な作業にも広がる見通しです。
この技術が進めば、研究者は標的や仮説だけを示し、エージェントが候補の設計・合成・評価を自動で回していく体制が可能になります。人はルーチン作業から解放され、より創造的な業務に専念できるようになります。
デジタルツインで仮想実験してから実験し効率化
もう一つの注目領域は「デジタルツイン」の活用です。これは、現実のシステムを仮想空間に再現し、リアルタイムで連携する技術で、創薬にも応用が期待されています。
たとえば細胞や組織のデジタルツインを使えば、エージェントが仮想実験で多くの条件を試し、有望なものだけを実際に検証でき、コストや時間を抑えて効率よく進められます。
細胞全体をシミュレーションする「全細胞モデル」も進展しており、これとエージェントを組み合わせれば、さらに精度の高い仮想実験が可能になります。結果はデジタルツインに反映され、モデルも賢くなっていきます。
こうした仮想と現実のループを回すことで、効率だけでなく、因果関係や仕組みの理解も深まると期待されています。
AIと人間の協働で研究開発の民主化が進む
エージェント型AIは人間を代替するのではなく、人の役割を変えるものだと考えられています。定型作業や広範な探索をエージェントが担えば、研究者は判断や戦略に集中できます。
たとえばエージェントが化合物設計や実験計画を提案し、研究者がその妥当性を評価するという協働が可能です。エージェントはデータ処理や探索に強い一方、直感や倫理などは人の判断が不可欠です。
また、実用化には新たな基準や規制も必要です。GLPのような品質管理の枠組みをAIにも適用し、再現性や安全性を担保する仕組みが求められます。EUなどではすでに法整備が始まっています。
こうした基盤が整えば、専門設備がなくてもエージェントを使って先端の研究にアクセスできるようになり、研究開発がより多くの人に開かれる可能性があります。
まとめ
エージェント型AIは、創薬のさまざまな工程で実際に使われはじめています。たとえば文献の読み取り、毒性の予測、実験計画の作成、意思決定のサポートなど、幅広い場面で成果が報告されています。以前なら数週間から数ヶ月かかっていた作業が、今では数時間で終わる例もあります。
一方で、データの多様性、セキュリティ上の懸念、誤った判断のリスクといった課題も残っています。今後は、実験を自動で進める「自律研究室」や、仮想環境で先に検証を行う「デジタルツイン」の活用が広がると考えられています。
以上、創薬におけるAI活用事例を、様々な応用可能性を含めて見ていきました。